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2004年07月20日

南アルプス 仙丈岳

高山植物の宝庫 仙丈岳へ

イワギキョウ

当初、高山直物の宝庫と言われる鳥海山に行く計画を立てていたが、東北の豪雨の為、急遽行先を変更した。T嬢が甲斐駒ヶ岳と仙丈岳を、私が仙丈岳に未だ登ったことが無いことと、天気予報が晴れだったので北沢峠に幕営して二峰を目指した。結果は予報が外れ前線が南下し18日は悪天となり停滞、19日に仙丈岳に登頂した。
■7月17日(土)   21時JR高田馬場駅前集合、M氏の車にて一路中央道伊那から高遠を経て長谷村戸台の村営駐車場へ。村役場に問い合わせた時には駐車場で幕営OKということだったが混んでいてとても無理、少々引き返し道路脇の公園のトイレの前にテントを張った。

■7月18日(日) 
 6:30バスに間に合うべく駐車場に行くが、ものすごい人、人、人、行列が蛇行している。駐車のスペースが無い。ぐるぐる回っていると一台が帰るところでやっと駐車できた。10台のマイクロバスをフル稼動して北沢峠までピストンしているというが一体いつになったら乗れることやら・・今日中に着けるのかと不安になる。

T嬢初の食当の味は如何?
 漸く7:30に乗れた。運転手さんの話では駐車場開設以来満杯になったのは初めてとのこと。北沢峠のテント場は色とりどりのテントで密集状態だったがなんとか場所を見つけ設営。風雨がどんどん強くなってくる。上部ではもっと風雨が強いというので停滞と決めた。

飛ばされそうなテントやら半壊したテントもでてきた。我々のテントはM氏がしっかり補強してくれたので安心だったが、それでも何度もテントごと飛ばされそうな気がした。四方山話をして時を過ごす。午後、晴れ間に外に出てみるが、寒い。東京のあの暑さが嘘のよう。

 15:00夕食の用意、今回はT嬢が食事当番を引き受けてくれて私はとっても嬉しい。この1年程T嬢と山行を共にしているがT嬢の食当は初めて。何を食べさせてくれるのかしら? とっても楽しみ。先ずは野菜、それからT嬢が味付けした肉をフライパンで焼いてビールと共に頂く。美味でした。極めつけはT嬢特製のデサート「杏仁豆腐」。(竜少年さんやNobさんに食べさせて上げたかった。)
 18:00就寝。夜中トイレに行くと満天の星空に織姫と彦星が輝いていた。

■7月19日(月) 
 3:30起床、T嬢食当の朝食は焼き餅とシチュー風スパゲッティ、これもまた美味でした。5:30出発。夜中に星が出ていたのに時折雨がぱらつく。「Tちゃんの晴女もいよいよ寿命が尽きたね」と冗談を言いつつも、心では頂上から北岳と富士山を眺めたいと願っている私。
日本第一位と第二位の背比べ
黙々とひたすら歩いて6:30三合目着。相変わらず天気ははっきりとしない。7:24小仙丈・藪沢分岐着。ここからが結構急登だ。M氏が「そろそろ森林限界だよ」と教えてくれる。ハイマツの間を縫うように登って行くと、ついに待望のお花達が! フーロ、クルマユリ、シオガマ、ウサギギク、イチゲ・・今年もまた逢えました! 小仙丈8:00着。雲の流れが速く、切れ間に山が見え始める。山が見えてくると足が止まってしまう。ついに北岳、鳳凰三山が顔を出した。そして時折、陽も射してきた。

仙丈岳山頂にて
 9:25頂上着。ちょうど2週間前に竜少年さんとT嬢と3人で登った富士山が北岳の隣にきれいに見える。反対側には伊那谷を挟んで木曾の山々。チングルマは既にヒゲになってしまっていたが、イワギキョウ、タカネツメクサ、ツガザクラ等に囲まれながら山々を眺めて至福の時を過ごした。

 10:12下山開始。「Tちゃんの晴女の寿命は未だ尽きず、良かったね」と来た道を引き返した。12:50天場着。テントを撤収し、村営バスにて北沢峠へ。高遠「さくらの湯」に寄って汗を流し、帰途に着いた。Mさん、渋滞の中、ドライバーありがとう! Tちゃん、次回も食当お願いします。竜少年さんやNobさんにも味見?させて上げて下さい。
(記:ヨーコ)

2004年07月05日

富士山 富士登山とお鉢めぐり

竜少年さんのトレーニング山行にお邪魔した。
富士に行った事のある人は、口々に『夏の富士山は行くもんじゃない』と話す。
しかしながら、夏のわずか2ヶ月間で30万人もの登山者を受け入れる富士には、きっとそれなりの魅力があるはず。
山の"食わず嫌いはしない"を信条にしているものの、なんとなく後回しにしていた富士だけに、私にとってはとてもタイミングのよい山行だった。

photoアルバムはこちら



■7月3日
 集合場所の新宿駅9番線ホームにはあちらこちらに自転車を担いでいる人が・・。もちろんママチャリではなく、競技用のアレである。
 久々、竜少年さんとの山行。行きの電車の中は近況報告会となった。あっという間に河口湖駅に到着する。
 五合目に向かうバスを待っていると、一人のおじさんが近寄ってきた。最初はなんとなく富士の説明に耳を傾けていたが、駅前のみやげ物店に連れて行かれ、気がつけばおじさんのペースにすっかり捕まり、当初予定していた宿泊先より白雲荘の方が標高が高いので、翌日のアタックには都合が良いから宿泊先を変更しろ・・と。なるほど地図を見てみれば確かに某山荘より高いところにある。歩行距離にして約30分。これが吉とでるか凶と出るか行ってみなくてはわからないが、おじさんに運命預けることに決定した。(まったくスーパー営業マンである)

 五合目は沢山の観光客でにぎわっている。その中にあの自転車を担いでいる一群が・・。
ここまで走ってきたのであればすごいことだ。
 腹ごしらえをしてさあ出発のはずだったが、さて登り口がわからない。竜少年さん、かなり昔に富士に登ったため登り口をすっかり忘れている。そこで25000分の1地形図登場。後にも先にもコンパスをあわせたのはこれ1回きりだったが、やはり必携だと実感する。
 
 最初厚い雲の中に富士は頭を隠していたものの、しばらくすると、青空も出始め梅雨時としてまずまずの天気。六合目まではハイキング気分。七合目にはいると富士の懐に入ったなーと実感するような溶岩と砂礫の道が続く。

 登山道に建っているのか、たっているところに登山道を作ったのか山小屋が延々と続いている。(軒を連ねているといった印象だ)それがまるで山岳民族の集落のようで、もちろん行ったことがないけれどこんなところかしら・・なんて一人思う。
そうこうしているうちに某山荘が見えてきた。"あ、その左肩に白雲荘が見えるよ。なんだ近いじゃない"とヨーコさん。

 おじさんにしてやられたか、と思いつつ某山荘にたどり着くと、めざす白雲荘はまだまだ上だった。(やっぱりおじさんに感謝・感謝)
 山小屋到着後、ビールを飲みながらしばし団欒。6時には布団に入った。
しかし富士の山小屋は24時間営業。人の出入りが激しくて、まったく寝かせてもらえなかった。     

■7月4日
 ほぼまどろむ事も無く、0時30分布団から抜け出した。外に出てみると暗い中を大勢の登山客が登ってくる。さながら大蛇のように闇の中のヘッデンが蛇行しているのは、毎年恒例の光景なのだろう。

 午前2時出発。とにかく行列。立ち止まることしばしばで、人の歩行ペースにあわせダラダラ歩く。
1時間程歩いた所で激しい睡魔に襲われた。標高にして3600m付近。これは寝不足のせいか、空気が薄いせいか、立ち止まる度にストックにもたれ目を閉じる。後のヨーコさんが氷砂糖を口にいれてくれた。このお陰でなんとか生き返ることができた。
登山道の脇ではすでに何人もの人がしゃがみこんでいる。(お互いにつらい)

3時半、空が少しずつ明るくなってきた。できることなら頂上でご来光を見たいものだが、この渋滞ではたどり着く前に日は昇ってしまいそうだ。少しペースを上げる。ようやく頂上の鳥居が見えてきた。

 4時12分頂上到着。感動もそこそこにまずは御来光を拝むためのスペースを探す。人だかりは避け、ベンチもなにもない、わずか風がよけられる場所に腰を据え、ご来光を待つ。
 4時30分ご来光。いつ見てもこの瞬間は厳かで美しい。
 休憩を挟んで、お鉢巡りに出発。風が強く、身を切られるような寒さに3700mを感じてしまう。
裾には雲海が広がり、その中に八ヶ岳・甲斐駒・北岳を確認。No2の山があんなに小さく見えることに、富士の大きさを実感する。

 半周ほどまわった所で朝日に映し出された影富士が(写真を見て下さい!!)。
天気・登頂・御来光・影富士・・"初めて登ったにしては恵まれすぎだよと"と竜少年。それもこれも
普段の行いが・・なんていったら世間から叩かれそうなので一人心の中でつぶやく。
 富士測候所跡地、3776mの三角点で記念撮影。ようやく"あー自分は今日本で一番高い所にいるんだなぁ~"、じわじわと感動がこみあげてきた。
残りの1/4周からは河口湖・山中湖が綺麗に見え、しばし休息を取った後、埃舞う下山道を下った。



■感想
 初めて富士に登ってみて、とても楽しかった。決して行かない方がいい山なんかではなかった。
 また、他の山では決して見られない、富士だけが持つ山の光景がいくつもあった。
 その1:各山小屋による登山客の呼込み合戦。
    (他の山には決して無い。)
 その2:外国からの登山客が非常に多い。ここはどこ?って感じ。
    (やはり富士は日本の象徴か?)
 その3:若いハイカーが非常に多い
    (山でこんなに若い人にあったのは初めて。若い人も山やるんじゃない!)
    ついでに、こんなに計装備でいいのかしらと思わせるほど、結構ラフな格好で
    山に来ちゃうのね。(でもここは日本一高いところ)
 その4:頂上でへたり込んでる人が、多かったなぁ。
   (たいてい、頂上でははしゃいでるか、感動に浸ってる人が多いのに)

 今度は綿帽子をかぶる頃に再び登ってみたいと思った。(記 T嬢)

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 僕の方は、8月の6000Mチャレンジの前哨戦で目的が幾つかある。
 一つには、富士山で身体がどうなるか、本格的に7月中旬、下旬にそれぞれ富士山で高所順応を行う"さわり"である。頭痛や吐き気などが出るか、でないか。
 二つ目は、5月の怪我以来の左足首痛および右膝痛がどうなるか、もし、痛みが強くなるようなら、6000Mは望めない。また、順調なら登山隊へ費用を振り込む。
 三つ目は、5月の怪我以来、身体が変わってしまったような気がする。例えば、もう数年履いている靴が当たるようになってしまった。致し方ないので、中敷を4700円でヨシキのEさんに勧められ買ったのでその具合を確認する。
 …といった事である。三つとも上手くいったので、6日みずほ銀行で払い込んで来ました。
 それは兎も角として、当初は一人で行く積もりであったが、よーこさん、T嬢が一緒に付き合ってくれたので、嬉しかった。(記 竜少年)